やまそーの独り言。

やまそーが独り言をよく言うという事でその独り言をブログにしてみました。キモイと思いますがキモイと笑い飛ばして見てください。

シャニマス SETSUNA BEATに行った感想

お久しぶりです。やまそーです。

シャニマスについてかくといってかくかく詐欺しまくってたので、

ここらで最近いった対バンライブSETSUNA BEATについて軽く語っていきたいと思います。今回はコミケの関係もあって二日目しか行っていないです。

正直まだシャニマスは全バンドの主要ストーリーを読み切れていないうえ、シャニマスのライブに行き始めてからまだ浅い新人のプロデューサーなのであんまり出しゃばったこと言えないなって思ってもいますし、まだこれが結論じゃないなって感じもしていますので、今はこの時の自分はこんなこと考えていたっていうメモくらいの気分で書いていこうと思います。

 

まず、頭の曲「あの花のように」これはノクチルのコミュ「天塵」のストーリーと絡んでいるとまぁたぶん聞いた人みんなそう思うと思います。自分もそう思いました。

 

遠く鮮やかに夜を彩るあの花のように

 

この歌詞じたいが花火を表していて非常にわかりやすいと思います。

でも、今回はそういったコミュのつながりやコミュから考えた自分の解釈というよりかはライブでなぜこの曲をやってなぜこのセトリでやったのかあたりを考えていければ

と思います。

 

まず、大前提に今回のライブ自体が節々で今回のライブタイトルにも入っている”セツナ”という言葉がいろんな曲と絡んでいると思います。ライブ中にも小宮果穂役の河野ひよりさんも言ってましたね。

 

あの花のようにでも、先ほどのコミュの話でも出てきた花火ともつながります。

花火も一瞬で刹那的なものの一つだと思います。

色々感じたことはありますが、特にここやばいと思った歌詞は二つです。

 

すぐに消えるようなものにこそ眩しさと強さを覚えてしまうから

「永遠」に届くような「瞬間」を息継ぎもしないで泳いでいこうよ

 

こちらの二つです。

一つ目はこのライブというもの自体楽しくてすぐに消えてしまうものだからこそ

忘れられないような眩しさと強さを覚えてしまうのかなという意味合いだと感じました。でもここで大事なのはすぐに消えてしまうものには眩しさと強さが秘められているといった意味合いです。

これを二つ目の歌詞に行く前に覚えていてほしいです。

二つ目の歌詞ではまず、”「永遠」に届くような「瞬間」”ここがとても大事なポイントだと思いました。この瞬間って一つ目で語ったすぐに消えるようなものとほぼイコールのようなものじゃないのかなって思いました。

これをそうだと仮定していくと自分的にはすぐに消えてしまうような時間かもしれないけれどセツナビートっていうセツナが入ったこのライブでそのすぐに消えてしまう時間には楽しさとかライブ特有の力強さとかがあるから息継ぎをする暇もなく楽しもうよーみたいな意味があったんじゃないかなーと自分では感じました。だからこそ「あの花のように」が一曲目だったのかなと自分は思いました。

さらにもっと勝手な解釈を付け加えるなら永遠に届くような瞬間っていう歌詞自体が次のムゲンビートに対する宣戦布告のようなものなのかなとも思いました。今回のライブは対バンなので"VS"って意味での対バンならそういうのもあるのかなとも思っていました。ムゲンと永遠ってけっこう近い意味合いで瞬間ってセツナとも似ているのでそこらへんも加味するとセツナビートからムゲンビートに向けた言葉ととらえてもいいのかなーなんて考えてました。普通に考えたら考えすぎだボケって感じですけど、考えるだけなら自由なんで笑

 

次にピックアップする曲は「今しかない瞬間を」です。

これはノクチルでうたったときもそうですし、シャッフルパートでうたったときも別の意味でいいなって思いました。個人的にはこのライブのMVP楽曲でした。

 

まず当たり前ですけど今しかない瞬間とセツナここの言葉のつながりはライブ中でも河野ひよりさんがおっしゃっていました。

でも自分的にはこの曲のいろんな歌詞からくる今このセツナの瞬間は当たり前じゃないからずっと忘れないって強く言ってるのが個人的には好きでした。やっぱりライブの時間の中で自分たちの時間ってよくて15~30分?くらいだと思うのですがそんないろんな思いがある中で二度とこないこの瞬間が宝物っていうのは普通にセツナを大切にするって感じで個人的には結構いいなって思いました。

 

ここにきて抽象的な表現でけっこう表現しましたけどまぁこの曲自体がどの歌詞がってよりかは全部そのまんまやろって気がするのであえて抽象的ってのもあります。ライブの意味と絡めて考えるとシャッフルパートでこの曲をあのメンバーで歌うのって今しかない瞬間だとおもうんですよね。そのセツナの瞬間を当たり前じゃないって言ってるの確かにそうだなって思えるんですよね。

さらにここでライブからは離れてグループの話にもなるんですが、放クラのメンバー三人がこの曲を歌っているって事実もいいなって思いましたね。放クラとこの曲のシナジーが自分の中ではとてもいいなって感じているのでそこから少しジーンと来ていました。まぁ深くは語りません。まだストーリー全部読んでないんで。

あと、ライブの演出で時折歌詞に合わせてオレンジのスポットライト使ってるの毎回やってるのかもしれないですけど演出的に100点満点すぎて普通にグッときました。

 

さて、次で最後のピックアップにしときます。眠くなってきたので。

最後は「よりみちサンセット」です。

この曲は正直ノクチルの感じからは真逆に来たので本当にびっくりしました。

正直ライブ始まる前に一番聞きたかった曲はこの曲だったのでイントロ来た時、ガチ狂いしました。隣の席開いててよかったです。

この曲は自分的には普通に考えるとセツナとは少し違う感じが最初はしていました。

よりみちって言葉自体セツナってよりかは余暇みたいなゆったりとした時間の意味合いにとらえられます。まぁでもセツナ抜きでライブ的に考えてもまだ帰りたくないって気持ちとか終わってほしくないって気持ちからくる時間が止まればいいのになって歌詞とかライブ的に見たらけっこうわかりやすいのはあると思います。

でも、さっきまでノクチルが歌ってきた大事な瞬間の一つ一つを少し考えをよりみちして考えてみると、そんな大事な瞬間が積み重なっているっていうことでもあり、この曲でも何度か出てくる「いつも」っていうのもいつもっていう日常が今を作っているっていうのも度重なるセツナの瞬間があるからって思うと、セツナの瞬間の大事さを語っているのもあるのかなって思えてきたんですよね。

今この瞬間も眩しくて楽しくていいかもしれないけどこのライブに来るまでに楽しみだと思ったその瞬間とかそのすべてのセツナの瞬間が積み重なって今がこの瞬間があるよねって感じかなと思うんですが、そうやって考えれるように一度よりみちしようって感じがしてとてもよかったですね。

まぁでもよりみちサンセットに関しては次の曲の拝啓タイムカプセルに行ってからまた意味が膨らんでいくのもあってちょっと言葉が変になって読みづらくなってるかもです。

 

とりあえず今回自分はセツナビートのセツナの部分をコンセプトと取っていろいろライブ楽しんでいました。シャニマスのストーリー読めてなさ過ぎて全然キャラクターやストーリーと絡められなかったので普通にこじつけっぽいところも多くてなおかつ主観入りまくってるので新人シャニマスPのよくわからん妄想だと思って流してくれると嬉しいです。

 

それではここまで読んでくださりありがとうございました。次は、ストーリー読んでストーリーとかと絡めて語れるといいなって思います。

まずはシャニマスをもっとやります。